2020年1月、番組20周年でインタビューに応じるラジオDJ、やまだひさしさん 今年1月末まで10年間、サンケイスポーツ僚紙の夕刊フジでプロ野球、五輪担当を務めた。休刊に伴いサンケイスポーツ文化報道部に異動し、15年ぶりに芸能取材の現場を回り1カ月がたった。
今から20年前、地元関西の大学卒業後に上京。これまでにテレビのスポーツ中継制作、WEB、雑誌、夕刊紙とさまざまな媒体に属した。映画の舞台あいさつ、音楽ライブ、企業のPRイベントなど〝決まりもの〟の現場で駆け回るのは2010年秋以来だが、変わった光景はいくつもある。
サヨナラ公演のゲネプロに赴いた帝国劇場や閉店セレモニーを取材した新宿アルタを筆頭に、今年だけでも俳優座劇場、丸の内TOEIなどなじみ深い取材場所が建て替えなどで次々と閉館。一方で映画の「ブルーリボン賞」表彰式会場のイイノホールは新装してから初めて足を踏み入れた。 現場に目を向けると、芸能リポーターやテレビ局のディレクターがタレントの左右に立ちマイクを向けて取材する「立ち囲み取材」は一度も出くわさなかった。記者の質疑がかなわない現場では登壇者の表情をあまり見ず、一心不乱にパソコンに向かう記者が激増した。酸いも甘いも知る、芸能事務所の名物スタッフにも会わなくなった。時代の流れと捉えるか否かは意見が分かれそうだが個人的には正直、寂しさを感じた。
WEB媒体で芸能記者に従事した時代にとてもお世話になったFM番組「やまだひさしのラジアンリミテッドF」(JFN系)も3月28日の生放送を最後に26年の歴史に幕を閉じる。2008年秋、縁があり札幌でやまださんの高校の後輩で俳優、大泉洋が属する演劇ユニット、TEAM NACS全員を単独取材する機会を得られた。2020年1月には番組20周年を祝して「ぴいぷる」というロングインタビューページでやまださんにインタビューすると「完全リモートでもラジオ番組を放送できる時代がすぐそこに来てる」。当時は諸問題があり、なかなか難しいと思っていたが2カ月後、世界中がコロナ禍に見舞われて本当に実現した。これまで、何度も打ち切りのピンチを乗り越えた長寿番組だったが、「いつかは終わりがやってくる」と今回、現実を知った。
変わらないこともある。他社が後追いする「ニュース」を先んじて報じることだ。手前みそで恐縮だが、2月11日付サンスポ紙面ではラグビーW杯、東京五輪開会式実況で活躍したNHKの豊原謙二郎アナウンサー(51)の3月末退社を独占スクープした。各方面で懇意にしてくださっている方々のおかげで形にできたことに感謝している。そんな時にふと、夕刊紙時代に叱咤(しった)激励してくれた、京都出身の先輩が口酸っぱく言っていたことを思い出した。「そやけど山戸、ええか。周りに認めてもらうにはなあ、地道な取材と同時にニュースを抜くことや。これに尽きるで。記者に大器晩成、尻上がりなんて言葉は当てはまらない。とにかく〝初速〟が大事やからな!」。
気づいたら一日が終わっているほど時間が過ぎるのは本当に早いが、初心を忘れずにまい進したい。(山戸英州)