堺事件(さかいじけん、仏: Incident de Sakai)は、慶応4年2月15日(太陽暦1868年3月8日)に和泉国堺の堺港で起きた、土佐藩士によるフランス帝国水兵殺傷(攘夷)事件、及びその事後処理を指す。泉州堺事件(せんしゅうさかいじけん)、摂津国堺の妙国寺において処刑が行われたため、妙国寺事件(みょうこくじじけん)とも呼ばれる。 慶応4年に近畿で起こった外国人殺傷事件は三度ある(神戸事件、堺事件、パークス英公使襲撃事件)が、外国側・日本側ともに最も多くの犠牲者を出した。