孤竹国(こちくこく、拼音: Gūzhú、紀元前17世紀 - 紀元前664年)は、殷・周から春秋時代後期に現在の河北省唐山市に存在した国家である。国君は墨胎氏で殷王室と同姓である。春秋時代には山戎の一つとされた。殷代に湯王によって封じられた。殷墟から出土した甲骨文には「竹侯」という記載がある。孤竹国のは殷の初年から春秋時代中期まで続いた。伯夷・叔斉の故事で知られ、紀元前660年に斉により滅ぼされた。 早期の王城は現在の唐山市附近に位置し、西は現在の唐山市遷西県、北は朝陽市凌源市・西遼河、東は葫芦島市、西南は唐山市楽亭県・灤南県・曹妃甸区等の地を領した。東は渤海に臨み、西は燕、南は斉と国境を接した。