浅利 牛蘭(あさり ぎゅうらん)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、鷹匠。浅利氏の家臣。比内城主。のちに鷹匠として織田信高や蒲生氏郷に仕えて手腕を振るった。また鷹絵師としても日本各地に作品群を残した。これまで生涯の詳細は不明な部分が多く、特に鷹絵師としての研究が待たれたが、近年急速な作品の発見や解明が成されて実像が明らかになってきた。呼称表示については牛欄、牛蘭、及乱などの音読み表示での文献がなされているが、本人がそれを実際に記帳した事例は見られない。多くは金助(介)、兵庫助(介)、本名の政吉である。