REVIEWS : 094 ロック (2025年3月)──小林祥晴

"OTOTOY REVIEWS"はまざまな書き手がここ数ヶ月の新譜からエッセンシャルな9枚を選びレヴューするコーナー。今回は小林祥晴による、洋楽ロックを中心とした9枚。
OTOTOY REVIEWS 094
『ロック(2025年3月)』
選・文 : 小林祥晴
Haim 「Relationships」
灰色の雲にロサンゼルスの街が覆われたみたいだった前作『Women In Music Pt. III』から4年。この新曲では雲の切れ間から再び光が差し込んでいる。あるいは、厳しい冬を乗り越えて、暖かな春の日差しを全身に浴びているかのようだ。胸が躍るヒップホップのビートと洒脱なR&Bのメロディに彩られ、この曲ではなんとも心地よく開放的なフィーリングが表現されている。歌詞は恋愛の厄介さについて。だがそれで思い悩んでいる印象はなく、「ほんと恋愛ってめんどくさいよねっ!」というガールズ・トークを聞いているような軽やかさ。ダニエルは公私ともにパートナーだったプロデューサーのアリエル・レヒトシェイドと別れたそうで、来たるアルバムではシングル・ライフを高らかに謳っているという。つまり、この曲が持つ解放感とは「ああっ、フリーって最高!」ということではないか。トム・クルーズとの離婚が成立したときのニコール・キッドマンの写真をオマージュしたアートワークは、ジャケ写・オブ・ジ・イヤー最有力候補!
Sam Fender 『People Watching』
近年の英国ロックのトップ・ランナーは間違いなくサム・フェンダーだ。今夏にはロンドンとニューキャッスルで計25万人を集めてライブを開催。その求心力は他の追随を許さない。この三作目でも相変わらずブルース・スプリングスティーンとキラーズが衝突したようなサウンドを主軸にしながらも、フォーキーで落ち着いたトーンの曲からヨットロック、ビートルズ風まで多彩な曲調を展開。ウォー・オン・ドラッグスによるプロデュースは、そこに薄っすらとサイケデリックな質感を加えている。無論、彼の人気をここまで押し上げる原動力となったストーリーテラーとしての才気も健在。イングランド北部出身のフェンダーは、地元の労働者階級の人々が直面する生活の困難と、それを構造的に生み出す社会背景を巧みに描写する。今回はアーティストとして成功したが故の葛藤も言葉の随所に垣間見られるだろう。だが生活者の悲哀も自身の苦悩も、スタジアムでの大合唱が目に浮かぶビッグなコーラスに乗せて歌うことによって、圧倒的なカタルシスへと昇華出来るのは彼の最大の強みである。
FKA Twigs 『EUSEXUA』
ツイッグスの3作目でなにより驚かされたのは、初期からの前衛主義を保持しつつも、これまででもっともポップで開かれた作品になっていることだ。その開放的なポップネスを下支えしているのは、テクノやUKガラージやドラムンベースなど多彩なクラブミュージックに触発された躍動的なビート。刺激的なサウンドだが、(彼女の作品にしては比較的に)ストレートで踊りやすいものになっている。周知の通り、今回の方向性をインスパイアしたのはツイッグスがプラハで体験したアンダーグラウンドのレイヴ・パーティ。彼女が考えた造語であるアルバム・タイトル=EUSEXUAも、その体験をヒントに生まれたもの。筆者なりにその意味を翻訳すれば、「ダンスフロアで日常のあらゆるしがらみから解き放たれて、いまこの瞬間の喜びを享受すること」だ。クラブ・カルチャーを愛する人であれば誰もが一度は感じたことがあるその“解放”をテーマにした本作は、だからこそエクスタティックな高揚感に満ちている。壊れたインダスリアルR&B / トラップからドラムンベースへと劇的に展開していく「Striptease」は、間違いなくそのクライマックスだ。