3月25日付でヤマハ発動機の新社長に就任した設楽元文氏が、報道各社とのラウンドテーブルに応じた。2月12日におこなわれた新中期経営計画発表会見の中で「熱烈なヤマハファンである」と渡部克明現会長から紹介された設楽社長は、日本の二輪市場をどう見るのか、そして「ヤマハのバイクの未来」とは。
設楽社長は1986年に入社以来、二輪車の商品企画、ブランド推進部門、マリンエンジン部門などヤマハの基幹事業に関わってきた。2018年からは成長するインド事業の最高責任者をつとめ、二輪事業で推進し効果を挙げているプレミアム戦略を牽引。2024年10月より代表取締役 副社長執行役員をつとめ、現職に至る。また、2024年11月より日本自動車工業会 二輪車委員会の委員長にも就任している。
知る人ぞ知る経歴としては、2000年に放映されたTVドラマに『TW200』を登場させ、ファッションとバイクを結びつけ巻き起こった「トラッカーバイクブーム」を仕掛けた張本人でもある。ヤマハは新中計で「コア事業」つまり二輪事業(とマリン事業)の再強化を柱とするとしており、投資は前中期比で研究開発費を1.2倍、設備投資を1.4倍とし、20以上のフルモデルチェンジを計画。アジアを中心としたプレミアム戦略のさらなる強化や、コトづくりによる顧客エンゲージメントの向上もねらう。まさに設楽社長の“武器”が新ヤマハのエンジンとなる。

◆2027年までに20車種以上をモデルチェンジ、EV化は
ヤマハはグローバルでは20以上の車種を2027年までにフルモデルチェンジし、さらにそのうち4分の1から3分の1程度はEVも用意しているという。ただし全面EV化には慎重だ。「2030年までの影響度では、四輪を見て頂ければ分かる通り、以前見積もっていたよりもだいぶトレンドは下降している。これは二輪も同じで、100%EV化というのは大きなコスト。各社のセッティングで2030年までとか2050年までの区切りとか(言っている)。当社の場合は2030年に大きくEVに振っていくという計算はしていない」と設楽社長は話す。
また、二輪EVの普及に向けては「インフラが付いてこないとどうしても普及できない」と指摘。さらに「政府の補助(金)」も必要だとする。「カーボンニュートラルに対応するための電動と見るのか、マルチパスウェイの1つの選択肢としての電動と考えるのかで、だいぶ予想が変わってくる。例えば、バイオエタノールを使った対応、それから水素も入ってくるので、いろんな組み合わせの中で、各国の状況に合わせてそれを入れていくというのが、正しい世界だと思っている」と話した。

バイオエタノール(バイオ燃料)や水素であれば、長年培われてきた内燃機関(エンジン)技術を活かすことができる。趣味材でもあるバイクの場合、「エンジンであること」の重要性は四輪よりも大きいと言える。
特にインパクトが大きいのが農業大国でもある一大市場のインドだ。バイオエタノールは、廃棄する農作物や堆肥などから生成することができるため、農業に携わる人が多いほどバイオ燃料車の価値は高まり、燃料を含めた普及に期待ができる。「穀物の産業も発展できる。そこを通過して最後はバッテリーに行く。そうすると2050年くらいまでの(カーボンニュートラルの)道筋が見えてくる。そういうところに合わせながらバッテリーを含めたマネジメントをしていく」と設楽社長は展望を語る。
◆“いい趣味ですよね”と言われるような仕掛けを

CO2削減やグローバルでの展開を見据えたEV化、主力市場であるアジアでのプレミアム戦略がこれからのヤマハモーターサイクルの原動力となるのは間違いないが、日本のバイクファンとして気になるのはやはり、日本市場の行末と、魅力的な商品が出るのかどうかだ。
国内の二輪市場については、「残念ながら(年間販売が)40万台を切ってしまっている。1980年代後半には300万台だったところがだいぶ需要が減退してしまっている。その要因をしっかり見てみると、二輪の需要はトレンドで作られてきた可能性が高いと思っている。定着させるためには、若い人、ご高齢の方にとっても二輪をひとつのカテゴリーとして、趣味として、道具としての文化の根差しが必要」とし、「そういうアプローチが各社ちょっと弱かった」と指摘する。
また、1970年代後半から90年代にかけておこなわれた「三ない運動」(高校生にバイクに乗らせない社会運動)を引きずり、危ない、暴走族、騒音など未だにネガティブなイメージを持つ人も少なくない。こうした見方は「海外の先進国を比較してみても(日本は)ちょっと多い」と設楽社長は話す。だからこそ、「しっかりルールを守って安全に乗って、“いい趣味ですよね”と言われるような仕掛けを、我々はもっと積極的にやらないといけない」。

こうした世間の認識を踏まえながらも、「敷居が高すぎて乗りづらかった、というのが今の状態」だと分析する。「今、原付二種、125ccが非常に売れている。いきなり(大排気量など)ハイスペックのモデルに乗ろうとするとそれなりの覚悟と努力がいる。もうちょっと敷居を下げて、誰でも乗れて、しっかり安全も守れる、教育もできる、さらに文化として根ざす、これが1番いいかなと。当社はそういう仕組みの中で、ちゃんともう1回ラインナップを見直しなさいという指示を出してるところ」だとした。
バイクへのファーストタッチ(接触機会)の創出にもヤマハは注力している。全国でのカフェミーティングイベントを2025年は6会場で開催するほか、恒例のファンファンイベント「My Yamaha Motorcycle Day 2025」を宮城県のサーキット「スポーツランドSUGO」で開催することも発表している。さらに、6年ぶりに国内バイクレースの最高峰「鈴鹿8耐」へのヤマハファクトリーチームとしての参戦を発表するなど、露出に積極的だ。話題づくり、仕掛けづくりをしながら、バイクファン、ヤマハファンの輪を広げていく。

◆「感性に訴える部分を大切にして初めてヤマハの製品」
「熱烈なヤマハファン」と自他共に認める設楽社長だが、同時に「熱烈なバイクファン」であることも言葉の端々から感じ取れる。現在の愛車はヤマハのネオクラシックモデル『XSR900』。これまでヤマハ以外も「ほぼ全てのメーカーを所有した」という根っからのバイク好きだ。
では、そんな設楽社長が考える「理想のバイク」とは。
「ひとつは、『乗っていて気持ちいい』というのが大前提。やっぱりバイクっていうのは、爽快感だったり、エンジンの音だったり、そういうものが自分の中に吸収された時に一体感が得られる。人馬一体とよく言うが、当社の場合は『人機官能』と言っている。人間の感性と機械とが一緒になった時、初めて歓びが生まれる。これが重要だと思う。だから、メカが先走って“乗せられている感”で乗るバイクは苦痛になってしまうし、自分の能力より下でも物足りないとなってしまう。モーターサイクル(の楽しさ)はとにかくそれぞれの人によって違うと思う。なので、自分がフィットするモデルで気持ちよく走る。これが最高だと思っている」

「私自身が目指す、好きなバイクというのは、長い距離を走ったあとの充足感。瞬間的にアドレナリンが出るのもいいが、半日とかある時間、乗ったあとに『このバイクに乗ってよかったな』と思わせるもの。どちらかといえばハイメカニカルなものよりも、エンジンの鼓動が訴えかけてくるとかそういうプリミティブな感覚」と、バイクファンらしい理想を語ってくれた。
その上で、「私個人としてはそうだが、将来のお客様に対してそれだけで満足して頂けるかというとそうではない」と、これからヤマハがめざすバイクづくりについてビジョンを語る。
「当社の場合は、技術を3つ磨けという話をしている。1つはエネルギーマネジメント。バッテリーEVやバイオエタノールなど、今の時代に合わせなければいけない環境技術。もうひとつが知能化。バイク自体が考える、色々な人が乗ったもの(経験)をフィードバックして性能を変える。『乗っていて気持ちいい』というのをメカニカルに固定するのではなく、バイクが人間側に合わせるという可能性、これもできる。あとはソフトウェア。走った記録がモニタリングできるとか、復習できるとかコネクティブによってデータ連携ができる。こういうものをバイクに入れた時に付加価値が上がる、というのは将来あるべき姿だと思っている。安全という切り口でも色々な進化ができると思っているので、メーカーとして絶対やらないといけないと思っている」

エネルギーマネジメント、知能化、ソフトウェア。ここに、ワクワクさせるような“感性”を付加価値として盛り込んでいく。ではエンジンの音や振動がないEVで、どのように人間の感性に訴えかけるのか。設楽社長は、「人間研究の上にある『人機官能』」こそヤマハの価値観だという。
「爽快感を前提にしないと、四輪(のEV)と何ら変わらなくなってしまう。モーターでありながら躍動感を出せるチューニング、色々なデバイスを付けるのか、音を付けるのか。そこにチャレンジして、感性に訴える部分を大切にして初めてヤマハの製品だと思っている。1つの取り組みではヤマハ株式会社と、人工的に気持ちいい音は何なのかというのを探している。EVでも乗っていてよかったなという気持ちになれる、無音の世界でシューッと走っているだけではないのがヤマハ。そういうところが、(ヤマハの)バイクが目指す姿だと思っている」