【草の根技術協力事業】災害の増えるマレーシア/重要性を増す地域主体の持続的な防災活動
2023.02.20
東南アジアの中で災害が多い国といえばインドネシアやフィリピンが知られていますが、マレーシアも近年、気候変動や開発の影響によりこれまでになく自然災害が多発しています。毎年のように洪水や地すべりによる被害が発生し、2015年には国家災害管理局(NaDMA)が設置されたものの、州や郡、コミュニティなどあらゆるレベルでの防災対策強化が急務とされているのです。また同時に、過去の災害の資料やデータを用いて、その土地の持つ災害リスクを評価し、理解することも重要です。情報や災害リスクを共有した上で率先して活動できる州政府や自治体職員、コミュニティリーダーを育成し、地域住民が主体となって行う継続的な防災活動の仕組みづくりが求められています。
事業実施中のUlu Klang地区で地滑りの被災現場視察を行う泉教授(写真右)
そこで、災害に関し日本でトップクラスの先進的・専門的な見識を持つ研究機関である東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)が、2018年からマレーシアの防災活動に対する技術支援を行っています。マレーシア工科大学マレーシア日本国際工科院(MJIIT)、マレーシアスランゴール州 州政府防災課、市民防衛局と協働し行われているのが、草の根技術協力事業「地域コミュニティの安心と安全向上のための災害リスク理解に基づく防災力強化プロジェクト」。IRIDeSで国際防災戦略や国際人道支援の専門家として世界各地で防災についての研究を進める泉貴子教授が、このプロジェクトを指揮します。「縁のあったMJIITからの相談を受け、まだ防災についての標準的な取り組みが定まっていないマレーシアに対して技術支援を行うことになりました。住民を主体に継続的な防災活動ができるような支援を目指してスタートしました」
MJIIT、スランゴール州政府など現地協力機関との集合写真
この草の根技術協力事業は、マレーシアでも特に洪水や地すべりの被害が多いスランゴール州の4地区を対象に、住民主体の防災活動ができるようになることを目的にしています。事業は3つのフェーズから成り、現段階で2つ目のフェーズまで完了しています。フェーズ1は、自然災害のリスク理解。この地区にどんな災害が起こり得るのか、過去の災害情報や開発によって変化した地形や土地の状態を参考にして、シミュレーションやモデリングなどの最新技術を用いながら将来の自然災害のリスクを予測します。データに基づいた正確な情報をもとに防災対策を考えることはとても重要です。対象地域のデータを収集し、分析。その結果を100ページほどのリスク報告書としてまとめて発表しました。
フェーズ2では、州政府や自治体職員、コミュニティリーダーのための防災研修を実施し、彼らが地域住民へ自然災害リスクや防災についてワークショップを行いました。まずは、州政府職員を対象にトレーナー研修を行い、その後、彼らが自治体職員に対して研修を実施。さらに自治体職員がコミュニティリーダーへ研修を実施、3段階でトレーナーを育成しました。関係者らが自らインプットし、さらに研修という形でアウトプットすることで防災活動への理解を深めることができ、地域の主体性も高まります。最後はコミュニティリーダーによって地域住民へのワークショップを開催、住民は自分たちのリーダーから防災について学ぶことができるのです。
残る最後のフェーズでは、4つの地区にて住民が主体になって防災活動を企画し実施します。各地域のリスクを最も理解しているのがそこに暮らす住民ですから、彼らが自らの経験をもとに防災活動を提案し、継続的に実施できることを目指します。その後、最終的にこのプロジェクトの成果をマレーシア政府に報告し、この取り組みが他の州の参考になるように共有する予定です。
災害リスク報告書
「災害リスク報告書」の譲渡式にスランゴール州知事や政府関係者が出席
自治体職員によるコミュニティリーダー向け研修の様子
プロジェクトスタートからしばらくして日本・マレーシア双方で新型コロナウイルス感染症が蔓延し、さらに現地で災害が起こったことでスケジュールは幾度かの変更を余儀なくされました。ですが、計画通りに進まない中でも、スランゴール州知事や州防災課、市民防衛局の強力な協力体制があったことから、「現地の方に、外部の人間である私たちの話を聞いてもらいやすかった」と泉教授は話します。「協力機関の中に過去にJICAで防災の来日研修を受けた職員が数名いました。彼らは『日本のような防災活動をマレーシアでも絶対にやるべきだと思っていても、1人では何もできなかった。今回日本の防災活動を学び、実施することができてとても嬉しい』と、熱心にこのプロジェクトを支えてくれています」と頬を緩ませます。
マレーシア国家災害管理局、日本および現地協力機関との集合写真
苦労したのは、過去の災害データの収集です。「想定以上に時間がかかりました。存在すると思っていたデータの担当部署が不明だったり、必要なデータが閲覧不可だったりと、一つひとつのデータを揃えるのに大変根気のいる作業になりました。防災活動には正確な災害データが必要ですので、今後はデータの一元化、有効利用のための能力開発、データ取得への投資やデータ共有のためのプラットフォーム構築なども必要になります」と泉教授は話します。
フェーズ2で行ったコミュニティリーダーへの啓発プログラムは、現地での反響が大きく特に印象に残っているといいます。「プログラム実施前の2021年12月に発生した洪水によって犠牲者が出てしまったこともあり、リーダー達はすぐに活動趣旨に賛同し、『早く何かしたい』と実際の防災活動の開始を待ちきれないほど期待を高めていました。それまでは、『災害対応は政府がやること』と自治意識の希薄だった彼らが、住民主体の活動に高い意欲を示したのです。“公助”に頼るだけでなく、一人ひとりができることを考え、実行し、将来に備えることが継続的な防災活動にもっとも大切なことです」と泉教授。安心安全な地域の未来を目指し、住民の意識を変えるための取り組みを実行している草の根技術協力事業。災害に強いまちづくりの実現を目指したマレーシアでの奮闘はこれからも続きます。
コミュニティ向けワークショップでの一コマ
地滑りと洪水の災害専門家がそれぞれのリスクを、自治体の防災関係者やコミュニティリーダーに解説したワークショップにて
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