元タレント中居正広氏の性暴力に端を発するフジテレビの問題を巡り、当時のフジ専務だった系列局関西テレビ(カンテレ、大阪市)の大多亮社長が4日、取材に応じました。同日付で辞任し、被害女性に謝罪した大多氏ですが、取材対応の中で「結局、アップデートできていない」という重い言葉がありました。

大多氏は1981年(昭56)、フジテレビに入社。ドラマプロデューサーとして「東京ラブストーリー」「101回目のプロポーズ」をはじめとする90年代のフジテレビの代表作を手がけました。91年に放送された「101回目-」の最終回の視聴率は36・7%。バブル崩壊を背景に描かれた物語は、時代の空気を的確にとらえていました。平成時代もテレビは社会や家庭で大きな存在感がありました。

昭和、平成を駆け抜け、フジ黄金時代の立役者の1人となった大多氏はフジテレビの取締役を歴任。22年に専務取締役に昇格しました。第三者委員が中居氏による「性暴力」を認定した23年6月時点、大多氏はフジ専務として、当初から報告を受け、対応に当たった当事者の1人でした。

組織の中で立場が上になり、周囲の状況も変わる中、立場に見合った意識、感覚を更新できていたかとの質問に「そこだと思う」と言葉に力を込めました。

「現場のディレクターであろうがプロデューサーであろうが、管理職になろうが役員になろうが、あらゆる時代の意識の変化に合わせて変えていかなきゃいけないのは当然だと思う。特にテレビはそう思います」

第三者委は中居氏の出演番組継続に関して、港浩一社長(当時)や大多氏ら「編成ライン」のみで意思決定がされた点を問題視。両氏が「極めて『思慮の浅い』経営判断の誤りを犯した」と指弾しました。

幹部らの人権意識の低さが対応の誤りを招き、幹部は「思考停止」だったと厳しく批判し、フジテレビがハラスメントに“寛容”な企業体質であったと、踏み込んで指摘をしました。

コンプライアンス軽視の企業風土を作ってきたという指摘には「自分も含めてですけど、結局、アップデートできていない」と厳しく分析し「(90年代前半の)あの時の空気感、あの時のノリ。その辺が変わってない。時代の変化に、成功体験がついていってなかったのかな」と話しました。

時代が変われば「常識」も変わります。【松浦隆司】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミヘキタヘ」)

記者の質問に手振りを交え答える関西テレビ大多亮代表取締役社長(撮影・白石智彦)
記者の質問に手振りを交え答える関西テレビ大多亮代表取締役社長(撮影・白石智彦)
取材対応を終え深々と頭を下げる関西テレビ大多亮代表取締役社長(撮影・白石智彦)
取材対応を終え深々と頭を下げる関西テレビ大多亮代表取締役社長(撮影・白石智彦)