(英エコノミスト誌 2025年3月29日号)

打ち上げを待つスペースXの「ファルコン9」ロケット(3月31日、写真:ロイター/アフロ)

スペースXに新たな競争相手が登場し、テスラは苦戦し、世界一の富豪は本業そっちのけ。

 つい最近まで、イーロン・マスク氏には後ろを振り返る必要などほとんどなかった。

 過去には自身が経営する電気自動車(EV)メーカー、テスラの競争相手について、「ガソリン車は世界各地の工場から毎日大量に、洪水のごとく送り出される」が、ほかのEVメーカーからは「小さな滴」しか出てこないと語ったことがある。

 またロケット会社のスペースXは、肥大化した既存の航空宇宙メーカーを販売価格と技術の両面で追い抜いた結果、ほとんど無敵のオーラをまとうようになっていた。

 しかし、マスク氏がすっかりハマっている米国政府の大リストラから無理やり手を離すことができたら、はたと気がつくことがあるかもしれない。

 今年に入って自らあおった政治的な非難の嵐のせいで、傘下企業のブランドに少々傷がついているだけではない。

 マスク氏のビジネス帝国の屋台骨である2社――帝国全体の企業価値の約90%を占め、恐らくは利益のすべてをたたき出している2社――がますます厳しい競争に直面しているのだ。

 世界一の富豪はビジネスに集中できなくなり、今ではその背中にライバル企業が照準を合わせている。

スペースXの稼ぎ頭、マスク介入で不信感

 スペースXから見ていこう。

 同社は地球で昨年行われた宇宙船の打ち上げを6件中5件の割合で手がけた。宇宙に浮かぶ人工衛星の60%をスターリンク事業部門で所有している。

 昨年12月には、3500億ドルという企業価値評価に基づいて非公開の株式の一部を投資家に売却した。前回の同様な売却時より評価額が3分の2引き上げられた計算だ。

 コンサルティング会社キルティ・スペースのクリス・キルティー氏は、稼ぎ頭のスターリンクは今年の売上高が110億ドルを上回りそうな勢いで、フリーキャッシュフローも20億ドルに達すると話している。

 しかし、今、マスク氏の物議を醸す介入にスペースXの顧客は警戒心を抱いている。

 ちょうど競争相手が力を伸ばしてきているその時に、だ。

 ウクライナでのスターリンク接続を遮断すると断続的に脅迫するやり方は、信頼に関わる難しい問題を引き起こしている。

 欧州の政治家たちの間では、戦略的衛星通信サービスを長期的に提供する事業者としてマスク氏はどの程度頼りになるのかという疑問が浮上している。

 また、ほかの事業者を探す動きがあることも手伝って、ブロードバンド会社に衛星通信サービスを提供する「ワン・ウェブ」を傘下に抱えるフランス企業ユーテルサットの株価は4倍超に跳ね上がった。

アマゾンの新規事業に期待の声

 スターリンクは7000基の人工衛星を低軌道で運用しており、この面で肉薄しうる企業は欧州にはない(ユーテルサットの衛星はわずか600基にとどまる)。

 料金で競争できる企業もない。

 宇宙ビジネスコンサルティング会社ブライステックのサイモン・ポッター氏が言うように、懸念は今のところ「行動というよりは雑音」にすぎない。

 だが、スターリンクは近いうちに米アマゾン・ドット・コムの「プロジェクト・カイパー」事業との重要な競争に直面する可能性がある。

 アマゾンは3000基を超える数の衛星を低軌道に投入し、宇宙に基盤を置くブロードバンド・ネットワークの構築を目指しているからだ。

 この目標が達成されれば、米国外の顧客のなかには、移り気なマスク氏が所有するスターリンクよりもアマゾンのサービスの方が信頼できると判断するところが出てくるかもしれない。

 アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏は、自身が経営するブルー・オリジンによるロケット打ち上げ事業も加速させている。

 同社はプロジェクト・カイパーとは切り離されているものの、カイパーの衛星の多くを打ち上げる契約を結んでいる。

 今年1月にはベゾス氏のロケット「ニューグレン」を初めて打ち上げ、軌道に到達させた。

 もしブルー・オリジンが再利用可能なロケットの打ち上げを繰り返せるようになれば、スペースXの侮れないライバルになり得るだろう。

 ロケット・ラボも同様だ。

 この企業は打ち上げ回数ではスペースXに最も接近しており、年内に新型ロケット「ニュートロン」をデビューさせる予定だ。