宗教は人を幸せにしているか 世界規模の大調査で解明へ
ナショナル ジオグラフィック

近年、社会科学者は、世界中の人々を対象に幸福度について調査をおこなってきた。多くの場合、本人の幸福度と、組織的な宗教行事や礼拝に参加しているかどうかとの間には、有意な相関関係があることがわかった。どの宗教であるかは関係ない。キリスト教徒だけでなく、仏教やユダヤ教、ヒンドゥー教、その他の宗教を信仰する人々にも、同様の相関関係が見られる。
例えば、米調査団体ピュー・リサーチ・センターの2019年の調査結果では、宗教的な集会に積極的に参加している人々は、組織的な宗教に所属していない、あるいは所属しているが活動的でない人々よりも幸福な傾向があることが示された。また、彼らは市民活動にも積極的に参加する傾向がある。

しかし、報告書の著者らは、宗教と幸福の結びつきの性質についてはさらなる研究が必要だと注意を促し、「結果の数字は、宗教行事に参加することが人々の生活を向上させる直接的な原因だと証明するものではない」としている。
では、幸福を向上させるように思える宗教信仰とは何なのか? その恩恵を受けるためには、神を信じたり、信仰を実践したりする必要があるのだろうか?

「持続的幸福感(flourishing)」をもたらすもの
研究者たちは、何が「持続的幸福感(flourishing)」につながるのかを解明するため、米世論調査会社ギャラップと共同で22カ国から20万人以上の参加者を対象とした5年間の「グローバル幸福度調査」を開始した。持続的幸福感とは、単に幸福であることではなく、「その人が、人生のあらゆる側面が良い状態で生きているか」どうかを示す指標だ。
このプロジェクトは、米ハーバード大学の「人間の幸福度プログラム」のディレクターであるタイラー・J・バンダーウィール氏と、米ベイラー大学宗教研究所の所長であるバイロン・ジョンソン氏が主導している。
グローバル幸福度調査は、世界中の人々に持続的幸福感(精神的な幸せや健康を含む)に関する一連の質問をするほか、人口統計や、社会、経済、政治、宗教的な背景に関するデータを集める。

いくつかの予備的な調査結果がすでに発表されている。「宗教信仰は、持続的幸福感に関わる重要な要素として、繰り返し出てきます」とジョンソン氏は言う。
現在進行中のこのプロジェクトは、宗教信仰と幸福に関する先行研究のほとんどがしていないことをおこなっている。調査対象者の回答をある1つの時点で集めるのではなく、数年間にわたって追跡しているのだ。これは、因果関係に関する結論を導き出すのに役立つかもしれない。
そのデータはまだ出ていない。しかし、これまでに得られた結果は、ピュー・リサーチ・センターや他の研究者たちが発見したことを裏付けている。宗教が日常生活の重要な一部だと答えた人や、少なくとも週に1回は宗教行事や礼拝に参加すると答えた人は、そうでない人よりも持続的幸福感の平均スコアが高かった。
研究者は、すべての宗教的な経験が同じように幸福に影響を与えるわけではないと推測する。例えば、この調査では、子どもの頃に宗教行事に参加することが、後の幸福に影響を与えるかどうかを調べている。
「子どもの頃に宗教コミュニティーに参加していたことは、その人が大人になったとき宗教コミュニティーに参加しているかどうかを予測する最も優れた因子の1つです」と、ハーバード大学の「人間の幸福度プログラム」の研究担当副ディレクターであるブレンダン・ケース氏は言う。
「そして、大人が宗教コミュニティーに参加することは、現在の持続的幸福感と非常に強く関連しています」
無宗教の場合は?
では、宗教の何が幸福を支えているのだろうか? ベイラー大学のジョンソン氏は、ほとんどの宗教的な伝統が教えているように、他者に目を向けることは、自身の生活、健康、持続的幸福感を上向かせるという利点があると言う。
ハーバード大学のケース氏は、宗教コミュニティーが人々に意味や目的、慰めだけでなく、社会的なサポートを提供することが鍵になっていると考えている。
「宗教コミュニティーはおそらく人間のあらゆる文化に存在します。それは、人間は根本的に神聖なものや神、超越的なものを志向する道徳的なコミュニティーを強く求め、あるいはおそらく必要とさえしていて、宗教コミュニティーがそれを満たしているからでしょう」とケース氏は言う。

10代の子ども2人の母親であるケリー・フレイタスさんにとって、超越的なものの感覚は教会で歌うことで得られる。フレイタスさんは、自身の経験に感謝しているという。
特に仲間の聖歌隊員と一緒に、15世紀の英語の歌詞にリコーダーの伴奏をつけた「ノヴァ、ノヴァ」などの賛美歌をクリスマス礼拝の前に歌った数カ月間の経験が印象に残っているそうだ。フレイタスさんは、教会で他の人々と声を合わせるときに幸福を感じる。彼女にとって歌うことは、祈りの積極的な形なのだ。
無宗教者の場合、ボウリングリーグやロータリークラブ(地域奉仕・世界平和を目指す職業人のクラブ)など他のタイプのコミュニティーが、宗教と同じような目的意識や儀式、コミュニティー感覚を提供するかもしれないと、ハーバード大学名誉教授で政治学者のロバート・D・パットナム氏が著書『孤独なボウリング:米国コミュニティの崩壊と再生』(柏書房)で書いている(ただしケース氏は、宗教グループほど強力な影響力はないかもしれないと注意を促している)。
ある日曜日の朝、北カリフォルニアのセント・ジョンズ聖公会教会で、フレイタスさんと数十人の人々が、クリスマスの名残の色のついた電飾の下で輪になって立っていた。
「祈りを捧げましょう」と、フレイタスさんが通う小さな教区の教会のクリス・ランキン・ウィリアムズ牧師が唱えた。「主に向かって捧げます」と、輪になって立っている子どもたち、カップル、老人たちが声をそろえて応じた。
数分後、礼拝者たちは順番に祈りを捧げた。フレイタスさんの番になり、クリスマスに聖歌隊で歌った経験に感謝の祈りを捧げた。フレイタスさんは言った。「私の心はとても満たされています」
文=Julia Flynn Siler/訳=杉元拓斗(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2025年1月30日公開)
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