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162㌔速球と特大弾 大谷、リアル二刀流の衝撃

スポーツライター 丹羽政善

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この仕事をしていると、ときにとんでもないものに出くわすことがある。

イチロー(現マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)を長く取材したおかげで、そういう場面に何度か立ち会うことができたが、4日のホワイトソックス戦に「2番・投手」で出場した大谷翔平(エンゼルス)にも、いいものを見せてもらった。

想像を超えていく、というのは、こういうことかと。

初回、1四球こそ出したが、無難に立ち上がった。最速は100.6㍄(約162㌔)。20球のうち、12球がフォーシーム・ファストボールで、3球が100㍄オーバー。

その裏、1死走者なしで打席に入った大谷は、初球を捉えると、右中間スタンド中段まで打球を運ぶ。そのときの打球音たるや、右翼ポール際にある記者席にまで、鮮明にとどろいた。何より驚いたのは、137.5㍍という飛距離。記者席から見た場合、ライトへの本塁打の多くは、放物線がすでに下降線を描いているところを真横から見ることになる。しかし、大谷の打球は落ちてこない。ちょうど視界正面に入ったときが頂点で、失速することなくスタンドへ突き刺さった。

高めのフォーシームを捉えたことにも意味があった。開幕から、ホワイトソックスの投手陣は、高めの真っすぐを軸に大谷を攻めていた(図1参照)。大谷は、その高めのフォーシームで追い込まれ、三振を喫するシーンも少なくなかった。

(図1)ホワイトックスの大谷に対する配球

大谷も「結構、高めが多くて、振ってしまってはいた」と振り返ったが、まさに紫電一閃(しでんいっせん)。それまでの3戦で6三振を喫していた鬱憤も振り払っている。

もっとも大谷は、「高めに対して、特に苦手意識があるわけでもない」と言う。「アプローチの仕方が悪いとかではなくて、間合いの問題。受けに回ってしまうと、高めを空振りしてしまう。今日みたいな間合いでいければ、振っても良い結果になる。良いスイングができれば、高くても低くても、内でも外でも、ホームランにできる」

投手としては、五回に試練。大谷自身、「最後は苦しかった」と振り返ったが、2死一塁で、一塁へのけん制が悪送球となって走者は三塁へ。その後、2四球で満塁となり、ここではワイルドピッチで失点。その後、空振り三振に仕留めながらパスボールと2つの送球ミスで同点とされた。

大谷は、「あそこで投げきるか、投げきらないかでやっぱり信頼度も変わってくるので、そういう意味でも抑えたかった」と悔しそうな表情を浮かべたが、むしろ、ジョー・マドン監督にしてみれば、収穫のほうが大きかったのではないか。先発して五回のマウンドに立ったのは2018年5月30日以来。90球以上を投げたのは、同年5月20日以来。オープン戦でもここまで投げたことはなかったのである。

なにより、最後から2球目、つまり91球目にも100.9㍄をマークしており、底知れぬポテンシャルを感じさせた。

この回、2つ目の四球を出して満塁となったとき、交代かという空気になったが、監督は動かない。試合後、米メディアからその点を聞かれると、マドン監督は「なぜだ?」と逆に問い返した。「あの球を見てなかったのか?」

それはまさに、降板間際まで球威が落ちなかったことを指しているが、確かにあの場面で代えていたら、大谷のさらなる可能性に触れることはなかった。

どうだろう。おそらく、大谷がエンゼルスに入団した当時のマイク・ソーシア監督であれば、最初の四球を与えたところで代えていたのではないか。

かつてエンゼルスにCJ・ウィルソンという投手がいた。彼も大学までは二刀流選手。現役時代は交流戦に先発したときしか打席に立てなかったが、ある試合でまず、彼は右前打で出塁。続く打者のセンター前のポテンヒットで三塁を陥れた。スライディングして立ち上がり、ユニホームの汚れを払っていると、ダッグアウトから視線を感じた。その後、ベンチに戻るとソーシア監督から、「おまえは何を考えてるんだ! ケガでもしたらどうする」と怒られたという。

「ソーシアはいい監督だが、ものすごい心配症だった」とウィルソン。

「俺は大学まで普通に野手もやっていた。打つことも大好きだったし、スライディングも別に、特別なことではない。あの程度で、ケガなんてしない」

彼は、さらにこう言葉を継いだ。「大谷が来たとき、彼に嫉妬した。俺も、二刀流をやってみたかった」

そもそもDH解除で同じ試合での「リアル二刀流」など、ソーシア監督は思いもつなかったのではないか。発想の異なるマドン監督だからこそ、100㍄を投げた同じ回に100㍄以上の打球初速でホームランを放つという史上初のドラマを導いた。前回のコラムでも触れたが、マドン監督による型にはまらない起用には、大谷のポテンシャルを最大限引き出す、という狙いがある。今回さっそく、登板前日にもスタメン出場させ、登板日に打席に立たせるというこれまでの禁を破ってみせたが、それを大谷も歓迎する。

「自由にというか、なんていうんですかね、あまりナーバスになりすぎずというか、繊細になりすぎないように、純粋にゲームを楽しんで活躍するのをイメージしてやっていければいい」

ところで、ヒヤリとしたのは最後の場面だ。

2死満塁からワイルドピッチで1点を献上し、なおも二、三塁のピンチ。ここで大谷は4番ヨアン・モンカダをスプリットで空振り三振に仕留めたが、捕手マックス・スタッシーが痛恨のパスボール。後逸したボールに追いついて一塁へ投げたものの、これがそれた。三塁走者に続いて二塁走者もホームを狙うと、バックアップした二塁デビッド・フレッチャーが、今度はホームのベースカバーに入った大谷に悪送球。大谷がジャンプして捕ろうとしたものの届かず、着地の瞬間に相手が滑り込むと、大谷は足を削られる形になった。

そのまま倒れ込んだ大谷は、苦悶(くもん)の表情を浮かべる。ようやく立ち上がってマウンドへ向かおうとするもトレーナーらに止められ、交代を告げられてベンチに戻るときには左足を引きずった。そのシーンの映像は、またたく間にSNSでも広がったが、最後、ジャレッド・ウォルシュがサヨナラ本塁打を放つと、大谷も歓喜の輪に加わり、ファンを安心させている。

「最初はもちろん衝撃があったので、微妙かなと思いましたけど、問題ないとは思います」

なお、あの三振のシーン。不運な結果にはなったが、大谷は試合後、こう言った。「やりきったというか、うん、やりきったと言えば、やりきった」

18年5月20日のレイズ戦以来、1050日ぶりの白星はならなかったが、なんとも充実した表情を浮かべていた。

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拝啓 ベーブ・ルース様

米大リーグ・ドジャースで活躍する大谷翔平をテーマに、スポーツライターの丹羽政善さんが彼の挑戦やその意味を伝えるコラムです。

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