いちばん古い記憶は、妹が生まれたからというので、会いに行った日のこと。5歳差だから、多分6歳の記憶なんだと思う。コットに寝転がってる妹の小さすぎる手のひらをつついてみたら、ぎゅうっと人差し指を握り返してくれた。思い出すたびに不思議な気持ちになってたけど、最近は涙が出る。わたしが家族というものを何となく理解したのはその時なんだろうと思う。
決して不幸では無い人生だった。
親は正直な気持ち引くほどの年の差で結婚して、私が小学校に上がるときはもう離婚していたけど、その後は父親と祖母が妹2人含めた私たち3人を育ててくれて、私に関しては大学まで行かせてもらえた。今だってきっと気にかけてもらえてる。祖母は歳なのに元気でいてくれているし、父もとっくに定年退職しているのに自営業を祖母から受け継いで働いている。
何不自由ない、私は幸せだ。幸せに暮らさせてもらった。そう思い続けていたけど、なにかがおかしいかもしれない、みたいなことを小学生の後半くらいから感じ始めた。
全然不幸じゃないし、不自由も無いはずなのに、なにかがおかしい。みたいな自分の問題を実感し始めて以来、過去のトラウマみたいなのが思い起こされるようになった。
父親と母親が言い合いをして、涙を流す母親がしきりにごめんなさいと言っている横で、母方の祖母が、「この子(次女)だけでも置いてって!」と泣き叫んでいる光景。
父親が私を叱るとき、「この家はお前のものじゃない」と言いながら頭を叩いてくる光景。
鍵の付いていない子供用のトイレで用を足せと言われて、その光景をクラスの人達に眺められる光景。
地震が怖くて地鳴りがする度に泣き叫ぶ私と、それを見て笑う誰かの光景。
緊急地震速報を聞くと体が動かなくて、テレビ画面をただ凝視することでしか恐怖に打ち勝てないから、涙が止まらなくてもそうするしかないと思い続けて震えている光景。
おとなたちの罵詈雑言と、子供たちのすすり泣く避難先の住まいの夜の光景。
実家の大掃除をしていたら、母親の日記に、私を妊娠したことを結婚に漕ぎ着けるために言う、なんて書いてあったような気がする光景。
あと、まあ、思い出す時は色々。
こういうものを思い出すと、いつも体調がおかしくなる。私って幸せなはずなのにどうしてこんなことを思い出して泣いてるんだろう。
もう何十年も前の話なのに。気丈なふりをしていただけなんだろうな、とようやく最近になって気づいてきてしまったのかも。
なんでこんな昔のことすら乗り越えられていないんだろう。おかしくないはずなのに。私は幸せなはずなのに。なんでこんなこと思い出して苦しくなってるんだろう。
一度家族ではない人と暮らしてみたことがあった。正確には居候させてもらってただけなんだけれど。
外の人の常識が私には無かった。知らない事ばかりだった。というか、知らない世界に住んでる人みたいだった。それを実感したらどんどんトラウマみたいな光景がたくさん思い浮かぶようになった。
夜寝ている間にふと目が覚めて、自分がどこにいるのか分からなくてものすごく取り乱して泣いてしまうみたいなことが増えた。
とりあえず目を瞑ってみれば休んでることになる、と言われたけど全部気休めだった。でも普通の人はこんなことにならないって知らされた。私が異常なんだと思った。こんなに恵まれてるのに、こんなに幸せなはずなのに、そんなふうに振る舞えない私がおかしいんだと思った。わたしが変なんだと思った。
そんなことを思ってたら、鬱病になってた。
死にたい気持ちに駆られたことがなくて、死にたい気持ちに襲われて怯えることもない人がこの世界にいるって、本当ですか? と、先生に聞いて初めて自分がものすごく欠落してるってことに気づいて絶望した。
おかしくないよ、大丈夫だよ、とか、おかしいよ、でも、なんでもいいから。なんとなく私の気持ちを優しく撫でてくれるものが、どこかにあったら違ったのかな、と、思い返すことがある。
私はやっぱりおかしいんだろうか。こんなに恵まれているのに、ふとした瞬間に怖いと思った記憶がフラッシュバックする。私はどうして人を喜ばせられないんだろう。いつまでこんなことをしなきゃいけないんだろう。
でも、今でもちゃんと、いちばん古い記憶は思い出せる。妹が指を握り返してくれた記憶だけは、すごく幸せにうつる。
ワイは昨日何食べたかも覚えてないやで。