はてなキーワード: スタンフォードとは
やる気さえあればスタンフォードの授業とかタダで見れるものすごい時代
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ただ日本語じゃないけど
プラグマティズムの哲学的伝統は、19世紀後半のアメリカを起源とし、チャールズ・サンダース・パース(1839-1914)とウィリアム・ジェームズ(1842-1910)によってその基礎が築かれた。両者は「プラグマティズム」という用語を共有しながらも、その方法論的アプローチ、真理概念の解釈、形而上学への姿勢において顕著な差異を示す[1][3]。本報告では、スタンフォード哲学百科事典を中心とした学術的資料に基づき、両者の思想体系を体系的に比較分析する。特にプラグマティック・マキシム(実践主義的格率)の解釈相違、真理理論の対照性、科学的探求と宗教的信念への適用方法の違いに焦点を当て、現代哲学におけるプラグマティズムの多様な展開を理解する基盤を提供する。
パースとジェームズのプラグマティズムは、1870年代にハーバード大学を中心に活動した「メタフィジカル・クラブ」での議論を起源とする[1]。この学際的集団には哲学者、心理学者、法律家が参加し、科学的探求の方法論と伝統的形而上学の再検討が行われた。当時の進化論を中心とした科学的革命が思想的背景に存在し、パースとジェームズはこの知的環境の中でプラグマティズムの核心的概念を発展させた[1][3]。
パースはこの時期に「プラグマティック・マキシム」を定式化し、概念の意味をその実践的帰結に基づいて明確化する方法論を提案した。これに対しジェームズは、パースの論理的厳密性をより広範な人間的関心へ拡張し、宗教的信念や道徳的価値の問題に適用する方向性を示した[1][2]。
パースのアプローチは本質的に科学的探求の論理学として位置付けられる。彼が1878年の論文「How to Make Our Ideas Clear」で提示したプラグマティック・マキシムは、概念的明晰性の第三段階として機能する。具体的には、ある概念の対象がもたらし得る実践的効果を考慮することで、その概念の意味を確定する方法論である[1][3]。例えば「硬さ」の概念は、他の物質に引っかかれないという実験的帰結を通じて定義される。パースはこの格率を伝統的論理学における「明晰判明な観念」の区別を超克する手段と位置付け、形而上学的議論の空虚性を暴く批判的ツールとして活用した[1]。
ジェームズはパースの方法論を受け継ぎつつ、その適用範囲を拡張した。1907年の『プラグマティズム』講義で提示されたアプローチは、哲学的論争を解決する「仲介者」としての機能を強調する[2]。例えば「リスを追いかける人がリスを周回するか」という思考実験では、「周回」の実践的意味を状況に応じて解釈し、論争の不毛さを明示した[1][2]。ジェームズの関心は科学的真理の探求に留まらず、宗教的経験や道徳的価値の領域にまで及んだ。これは彼が「事実への科学的忠誠」と「人間的価値への信頼」を調和させる哲学を求めたことに起因する[2]。
パースのプラグマティック・マキシムは、科学的探求の論理的基盤を確立することを目的とした。彼はこれを「実験室哲学」と形容し、仮説の検証プロセスにおける実験的帰結の予測可能性を重視した[1]。例えば「現実(reality)」の概念は、探求共同体の長期的な合意形成プロセスを通じて構成されると解釈された。この立場は「真理の合意説」へと発展し、科学的方法の客観性を保証する基盤となった[1][3]。
パースの格率解釈の特徴は、概念的意味の「第三の明晰性」を追求する点にある。伝統的論理学が語義的定義(第二の明晰性)に留まるのに対し、パースは概念の実践的運用文脈を分析することで、形而上学的議論の無意味性を暴露する批判的ツールを提供した[1]。例えば「自由意志と決定論」の論争は、両立場の実践的帰結が同一である場合、純粋に言語的な問題に還元されると指摘した[1]。
ジェームズのマキシム解釈は、人間的経験の多様性を包摂する柔軟性を特徴とする。彼はパースの科学的厳密性を保持しつつ、真理を「有用な道具」として再定義した[2]。この立場では、信念の真理性はその実践的有用性によって測定され、宗教的信念のような非科学的領域にも適用可能性が拡張される。ジェームズは『プラグマティズム』において「真理は善の一種である」と述べ、真理性を将来的な経験における予測的成功可能性と関連付けた[2]。
この差異は、両者の真理理論における対照性に明確に表れる。パースが長期的な科学共同体の合意形成を真理の基準とするのに対し、ジェームズは個人的・社会的有用性を重視する[1][2]。ジェームズのアプローチは「真理は作られる(made)」という表現に凝縮され、人間の目的や価値観が真理構成に参与することを認める[2]。
パースの真理理論は「探究の終極的な意見(ultimate opinion)」概念に基づく。彼にとって真理とは、理想的な探求状況において科学的共同体が到達する不可避的な合意を指す[1][3]。この立場は反基礎付け主義的認識論と結びつき、真理を動的な探究プロセスの帰結として位置付ける。パースはこの考え方を「現実主義(realism)」と関連付け、人間の認識から独立した客観的現実の存在を仮定した[1]。
この観点からパースは、ジェームズの真理概念を「過度に主観的」と批判した。特に宗教的信念の真理性を有用性に基づいて認めるジェームズの姿勢は、真理の客観性を損なう危険性を含むと指摘された[1][3]。パース自身は後に自説を「プラグマティシズム」と改称し、ジェームズ流の解釈との距離を明確にした[1]。
ジェームズの真理理論は「真理の道具説(instrumentalism)」として特徴付けられる。彼は『プラグマティズム』で「真理は発生する(happens to an idea)」と述べ、信念の真理性をその実践的有用性と将来的な検証可能性に結び付けた[2]。この立場では、真理は静的対応関係ではなく、動的な経験の流れの中で機能する信念の性質として理解される。
ジェームズの真理概念は多元主義的側面を有し、科学的真理と宗教的真理が異なる文脈で有効性を持つ可能性を認める[2]。例えば「神の仮説」は、それが人間の生活的経験に有意義な影響を与える限りにおいて真理と見なされる[2]。この柔軟性はパースの客観主義的立場との根本的な相違点であり、プラグマティズム内部の思想的緊張を生み出した[1][3]。
パースの形而上学は、科学的探求の対象としての「現実(reality)」概念を中核に据える。彼は現実を「探求の最終的に決定されるもの」と定義し、人間の認識から独立した客観的秩序の存在を仮定した[1][3]。この立場は、彼の記号論(semiotics)と結びつき、現実を記号解釈プロセスの産物として動的に捉える視点を含む。
パースの現実概念は、伝統的経験論の受動的認識モデルを超克する。彼は「アブダクション(仮説形成)」のプロセスを重視し、科学的発見の論理学を構築しようとした[1]。この過程で、現実は単なる感覚所与ではなく、探求共同体の解釈的実践を通じて構成される動的概念として再定義された[1][3]。
ジェームズの形而上学は「純粋経験の形而上学」として知られる。『徹底的経験論』(1912)で展開されたこの立場では、心と物質を「純粋経験」の異なる編成様式として再解釈する[2]。ジェームズは現実を固定的実体ではなく、経験の連続的流動として捉え、プラグマティズムを「未完成の現実」を認めるプロセス哲学として位置付けた[2]。
この経験論的立場は、ジェームズの真理理論と密接に連関する。彼は「現実は作り続けられている(still in the making)」と述べ、人間の目的的活動が現実構成に参与することを強調した[2]。この観点から、パースの科学的現実主義は「完成された現実」を前提とする合理主義的立場として批判された[2]。
パースのプラグマティズムは本質的に科学的方法の哲学的分析として発展した。彼の「アブダクション-演繹-帰納」の三段階論は、仮説形成の論理学を体系化しようとする試みである[1][3]。科学的真理の基準としての共同体合意の重視は、個人の主観性を超えた客観性保証のメカニズムとして機能する。
宗教的信念に対するパースの姿勢は懐疑的であり、科学的探求の方法論と整合しない教義を批判した[1]。ただし彼は後年、「宗教的関心」を科学的探求の動機付けとして位置付ける独自の「宗教的実感論」を展開した[1][3]。
ジェームズは『宗教的経験の諸相』(1902)で、プラグマティズムを宗教的信念の検証に適用した。彼は「神の仮説」の真理性を、それが個人の生活にもたらす実践的効果に基づいて判断する立場を採用した[2]。このアプローチは、超越的神観念を批判しつつ、宗教的経験の心理学的現実性を認める点に特徴がある。
科学的探求に対するジェームズの姿勢は、パースの厳密性よりも人間的価値の統合を重視する。彼は科学と宗教を対立軸ではなく、異なる人間的欲求に応える補完的システムとして位置付けた[2]。この立場は、パースの科学主義的傾向との明確な対照点となる[1][3]。
パースとジェームズのプラグマティズムは、共通の方法論的出発点を持ちながら、その哲学的展開において決定的な分岐を示す。パースが科学的探求の論理的基盤と客観的真理概念を堅持したのに対し、ジェームズは人間的経験の多様性と真理の道具的性質を強調した。この相違は、真理理論・現実認識・宗教的信念への適用方法に体系的な差異をもたらした。
現代哲学におけるプラグマティズムの復興は、この思想的多元性を再評価する動向を示している。パースの科学的厳密性とジェームズの人間中心的柔軟性は、現代の認識論・形而上学・価値論の課題に対し、補完的洞察を提供し得る。今後の研究課題として、両者の思想を統合する新たなプラグマティズムの可能性、および非西洋哲学伝統との対話を通じた発展が考えられる。
Citations:
[1] https://plato.stanford.edu/entries/pragmatism/
[2] https://plato.stanford.edu/entries/james/
[3] https://plato.stanford.edu/archIves/sum2010/entries/pragmatism/
でも、実績ってさ、他人に簡単に説明できる、仕事の上澄み、ピーク値みたいなもんじゃん…
仮に実績がひとつあったとして、例えば、~のシステムを開発構築しました、ってのがあったとして、
それを開発構築するために日々何をしてたのかとか、そもそも日々何をしてたか、と、実績として書けるような内容、がリンクしないことだってあるじゃん…
例えば、業務を自動化するような雑用スクリプトとか、ゲーム開発の後方支援的なツール作ってても、それは小さな仕事にしかならない
職務経歴書からすれば、え?スプライト自動生成するツールとか、そんなのばっかり書いてたんですか?ってなるじゃん…
だけど、インディーゲーム作って、なんか賞を取ったとするじゃん…
で、そのインディーゲームが作れたのは、日々業務で雑用とか、後方支援ツールとか、雑多な仕事をやってたおかげだったとするじゃん…
でもさ、そんなの人事には分からないだよね?
だって、人事は業務に携わってない、文系人間で、採用した人間が問題起こしたら困るなぁ、みたいなことでビクビクしつつ、
採用という権限からスタンフォード実験みたいに全能感も持ってるやつばっかりで、分かるわけがない…😟
職務経歴書にデカデカと書けるのが、インディーゲームでちょっと賞とっちゃいました、えへっ!ぐらいしか自慢できない
人事からすれば、ふーん、ですわ…
自営業長いの?
多人数で連携してゲーム開発してないの?コミュニケーション能力ないんじゃね?
あのさー、会社としては若くて安い人材を束ねて、プロジェクトを進められる上司になる人を求めてるんだよ、だって、あんたの年齢ならみんなプロジェクト管理してなきゃいけない年齢でしょ?
結局、あんたは小さいゲームしか書けない、小さいミニゲームの開発しかできない、そんなんじゃ儲からないよね
まあ、言ってることは至極もっともなんで、じゃあ、若い人と一緒に安月給で働きますよ、って言っても駄目なわけよ
ぶっちゃけ、年齢=ここまで出世してないといけない、って当たり前みたいに言うけど、じゃあプレイヤーが100人いたとして、その100人全員がマネージャーに出世するわけないだろ!
出世できなかったみんなは、どこへ消えちゃったんだよ…😟
>広告代理店とか大手版元とか在京キー局とか総合商社とかコンサルとか総合デベとか外資とか
→ここら辺はそこまででもないでしょ。あんまり日本市場を重視してないから、国内のコネにはそこまで重き置いてない、もちろんあれば加点要素だけど。
俺が京大出身でBIG4やACで採用したことあるからひいき目かもしれんけど。東大京大も早慶も大して変わらんっていみではそうなのかもしんないね。 ハーバードとかスタンフォードとかMITって言われたら、おっ!?って思いますけどね
→ここらへんはもう完全にコネビジネスなんで、多少頭がいいとかよりコネ友達親族閨閥よ
数学オリンピック出場の京大生と、どっかの地方都市の地域財閥のボンボンの幼稚舎上がり、これが並んでたら即決で後者取る世界
そりゃ慶応(基本幼稚舎上がりね。大学からの奴は眼中にない)を取るよ
→上の両者の要素がある。両者の枠がある感じ
まー動かしてる金が巨大だから、頭いい奴・コネある奴両方取って、20年後開花すれば投資成功って考えが成り立つ業態だからなあ
というのを考えたので駄文投下。
点数の公表は要らない。
点を公表すると、その点数だけで評価する有権者が出過ぎる懸念がある。
大学レベルの勉強が仮に満点で出来ても、それほど大きな意味はない。
足きりで良い。
ともかく、政治家に政治経済に関する最低限の知識と知能を保証しろ。
国民投票で信任を問うな。
国民は素人だ。ほとんどの人は、ほとんどの争点を知ったこっちゃない。
「良い人そうか」、「真面目そうか」くらいでしか素人は評価できない。
それよりも100兆を超える国家予算を適正に運用することの方がよほど重要だ。
例えば「今期、行ったこと」や「来期以降、やるべき課題」を閣僚や野党の党首等の重要な責任を担う議員が45~60分程度でプレゼンし、それを財界のトップ、学者、シンクタンクやメディア出身者などの専門家が批評して、どこか放送しろ。
合計2時間。毎週でも良い。
国営放送でもいい。
現状でも政治の討論番組は多いが、「プレゼン⇒指摘、批判、提案⇒それに対する返答、再批判」という形式はない。
討論はその場の思い付きの話ばかりで、話が発散する。
万が一にでも、うまくこの過程が熟すれば、
ができてくる。
そうでなくとも、プレゼン⇒批判⇒返答のプロセスはエンタメとしても政治的評価としても意味があるからやってみろ。
「更地にするにも金がかかるし」で放置されてる商店や空き家が増えすぎ。
商店街なんて、数件そういう空き商店が出始めたら、客足が遠のき、さらに空き商店が増加する。
この負のループによってシャッター商店街化してる場所が日本全国で多すぎる。
しかも、子育て世代が住みたいと思える駅前の土地が、そういう形態で放置されている。
商店に定額の税金をかけて、「やってない商店を物件として保持し続けるくらいなら、売却しよう」という動きを促せ。
それか補助金をだして、立ち退きを促せ。
また相続が不明になって、空き家として放置されている物件も多い。
今後も増えるだろう。
最近、ようやく相続登記の義務化があったが、刑罰が10万円以下の罰金となってるが、土地を公有地にしてもっと早急に競売にかけることまで制度化したほうがいい。
一般論として、土地の有効活用とか都市の再生計画をもっとマニフェストの前に押し出せ。
そろそろ手遅れだぞ。
その結果がこれだ。
むしろ、既に書いたような都市再生のための規制改革の方が大事だ。
「高校無償化」等、教育費ばかりが政治的争点になってるが、家も子づくりと重要な関係を持つ。
都市部だと、一部屋増やすと、家の価格が数千万上がることだってある。
「3人を上限に、子供一人当たり、住宅ローン0.5%減」くらいが当たり前にならないと、子供を持つ余裕なんてない。
わざわざ子供を作りたいと考えてる世帯のことを全力で支援しろ。
保育園もようやく待機児童がなくなってきたが、次の問題は小学校以降だ。
夏休み等の長期休暇はどうするんだ。
教員は反対するだろうが、託児所的な役割を担ってもらわないと社会が回らなくなっている。
長時間労働を理由に部活動を無くすのは構わんが、長期休暇中といえど平日は通常業務をしろ。
完全な過疎地域は諦めろ。
人口減少社会で過疎地域の地方創生が机上の空論というのは爺婆しかいない地方の人間が分かり切ってる。
もう手遅れだ。
都市圏の郊外のベッドタウンでさえ、上述のように、シャッター商店街問題が続出してる。
地方都市に関しては、長崎スタジアムシティだとか、北海道のエスコンフィールドみたいに、エンタメ+商業施設等で再生するのが昨今の成功事例か?
特にバスケやバレーで使うアリーナは、他のイベントにも使えるから上手く有効活用しろ。
どちらも今、成長産業だ。
芝がサッカー以外で使えない。
過疎地域で起きた大規模災害の被災地の復旧とか夢を見すぎるな。
現実的には、大規模な被災をしたら若い世帯はさっさと転居して、余計にその地域の過疎化は進む。
完全復旧なんて夢物語だ。
どうせ無理だから、被災していない近隣都市部の郊外に公営住宅を準備する方がコスパ良いだろ。
文句は出るだろうが、大規模な災害がある時点で不満が出るのは仕方ないと腹をくくった対応をしろ。
判断力が無い未成年者に投票権がないなら、判断力が低下してる超高齢者に投票権があるのもおかしいだろう。
とりあえず、穏便に100歳以上の投票権を撤廃から、徐々に切り下げていけ。
90歳や85歳くらいまで、引き下げられたら、上述の地方切り捨てをしても、選挙に影響もなくなるはず。
まあ、これを実施するのが実質不可能なのは分かり切ってるから、未成年の子供に投票権を付与するのが代替案だ。
そして、実質的に保護者世代がその投票を担えば、高齢者の影響を薄めることが出来る。
18歳ではなく、15歳、12歳と引き下げていけ。
85歳以上は更新停止だ。
そもそもそうやって、自分たちの良さを自覚できなかったから、例えばガラケーの市場を取れなかったのではないか。
上手くマーケティングすれば、日本の品質改善型・コストカット型ビジネスも世界に出れる余地はないのか。
受験の難問を解けるようになることに、若くて頭の良い人間が労力を割きすぎだ。
ある程度の成績が良い人間は、大学科目の勉強に進めるような形態に変化しろ。
ともかく、難問を解かせるよりも、さっさと受験勉強より上位の科学等に取り組ませろ。
かなり大きな教育改革となるが、受験勉強に割かれている若年層の多大な労力を、より生産的な努力に転換することは重要だ。
アメリカ型のエッセイ+共通テスト+成績でも良いかもしれない。
いまどき、文系でも統計、データサイエンスの知識は最低限必要。
そもそもだが、任意とか存在とか、必要条件と十分条件みたいな数学の基礎概念を理解してないと、論理的な会話は不可能。
日本で頭良いやつを育てられるような教育制度を作るより、頭良いやつを海外に送って教育してもらう方が安上がりかもしれん。
企業も、マイナー競技のスポンサーとかするよりも、ハーバードやスタンフォードに留学する学生を支援するスポンサーがあってもいいんじゃないか。
こんな感じだがどう思う?
IT業界は先進的な企業が多いから、思想的にもリベラルで旧態然とした差別はかなり少ない。
などと、シリコンバレーの一部企業を見て幻想を持ってしまった可哀想な人が観測されたので、実際のところを記す。
IT業界の一部では、確かに異常なまでにポリコレ道を邁進する企業がいる。しかしそれをIT業界に当てはめるのは間違いである。
特に日本ではごく普通に性差別が残っており、多くの人がそれを(しぶしぶ)容認している状態である。
見方によっては九州の亭主関白のような地域に根ざした性差別であり、おかしいと思う人もいるものの慣習として残っている。
具体例を挙げよう。日本のIT業界には、女性しか参加できない勉強会が一般的に行われている。
これは「生理が齎すコード品質への影響」というような女性特有のものではなく、
例えば CTF for Girls という、セキュリティ関係のコミュニティは女性限定である。
なお念の為明記しておくが CTF for Boys のような男性限定コミュニティは存在しない。
他にもたくさんある。例えば Java 女子部というコミュニティがあり、ここも女性限定である。
男性がここで Java の勉強をすることは許されない。Java 男子部は存在しない。
他にも枚挙にいとまがなく、性別によって区切られた閉鎖的なコミュニティが一般的に存在するのである。
なおこういう状況を記すと、底の浅いブクマカが「アファーマティブ・アクションだから仕方ない」というブコメをすることが想定されるが、これはアファーマティブ・アクションではない。
アファーマティブ・アクションは格差是正を第一目標に置いた取り組みを指す。例えば大学入学者に黒人が少なく、人種に偏りができるため一時的に黒人を優遇するというような措置だ。
例えばだが、スタンフォード大学が性差別に対するアファーマティブ・アクションとして、スタンフォード女子大学を作るわけではない。
あくまで優遇するという措置であり、女性限定や黒人「限定」の大学を作るわけではないのである。
2010年に「米スタンフォード大の卒業生名簿に歌手TABLO(本名:イ・ソンウン)の名前がない」とする書き込みから始まったTABLO学歴詐称問題。
TABLOは同年8月にインターネット会員制掲示板「タジンヨ」メンバーを告訴し、同年10月に警察がTABLOの米スタンフォード大卒業を確認した。
今年7月に行われた1審判決公判では、タジンヨの会員9人のうち、4人を前科がない点を考慮し懲役8月・執行猶予2年、
2人を前科がないものの激しい誹謗を繰り返した2人に懲役10月・執行猶予2年、
告訴された後も原告への侮辱行為を止めず虚偽の事実を流布した2人に懲役10月の実刑判決を言い渡している。
https://ekr.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/09/12/2012091201898.html
同国人の犯罪件数・国民健康保険不払い総額・国民年金不払い総額・医療費不払い総額・税金滞納総額と
連動させよう!
中国人はこんなことやってるみたいです。
自分で起業して自分に8万だけ給料払って最低の料金払って初回保険受け放題。会社の利益は手数料とかで中国に送る。利益を出さないで税金払わず、そうやってお金を海外に逃がす。」
高いゲートに囲われたエリア内に、高いゲートに囲われた家々
https://www.youtube.com/watch?v=_V4rEtO5lCA#t=50m
中世の城郭都市に倣った塀で囲われ、入門(ゲート)チェックを行う住宅地
w.wiki/DuCT
Why Swedes Do Nothing About Daily Bombings
2025/03/15
スウェーデンの凶悪犯罪が急増している。政治家はいつ行動を起こすのか?
www.spectator.com.au/2018/02/violent-crime-in-sweden-is-soaring-when-will-politicians-act/
スウェーデン首相「国は犯罪にまみれており、制御を失っている」と認める
「希望はほとんどありません。何度も経験しましたが、これ以上悪いことはないでしょう」
スウェーデンは早くから多文化主義を受け入れてきたが、今では完全に失敗している。
抜本的な対策を講じない限り、イギリス、アイルランド、フランス、ドイツ、オランダ、スペイン、ポルトガル、ベルギー、イタリアも同じ運命を辿ることになるだろう。
警察は2018/19年、ナイフや鋭利なものを使った犯罪43,516件を記録したが、これは2011年に比較可能な記録が始まって以来最高となった。
news.sky.com/story/knife-crime-hits-record-high-as-offences-up-by-8-11765533
有能な経営者とは、誰の事か?
有能な労働者を雇用したり、ましてや労働者を有能にする人々のことではない。
たとえ有能でない労働者を雇用しても、利益を上げる人々のことである。
同じ仕事を、熟練労働者でなくてもこなせるようなシステムを作る人々のことである。
月給50万円の人の仕事を、
月給15万円のパートタイマーや
経営者は最低限の従業員を雇い、それ以外はAI?コンピューター?ロボット?
Plusは月額$20
Proは月額$200
AIは雇用保険・社会保険(介護保険・健康保険・厚生年金保険・三階建て企業年金)が不要
AIは65歳まで雇わなくていい
AIはサボらない
AIは離職しない
00年のピーク時に
600人いたトレーダーが
17年に2人
x.gd/HaOZi
高頻度取引(英: high-frequency trading、略: HFT)
9割の取引が、
コンピューターによる
高速では無い物を含めた
w.wiki/DsKs
95%以上の精度で予測
www.unite.ai/simple-ai-can-anticipate-bank-managers-loan-decisions-to-over-95-accuracy/
71%のケースにおいて
即決で
融資を実行
人間は
肉体的労働に
二極化される
www.amazon.co.jp/dp/4822249212
ウォール・ストリート・ジャーナルによると、
25%がまだ就職活動中だ。
これは、
1年前の20%、
増加している。
MBA取得者でさえ
就職に苦労している
unusualwhales.com/news/25-of-harvard-graduates-from-last-spring-are-still-job-hunting-up-from-20-a-year-earlier-and-10-in-2022
ここ30年で
スタンフォード大の人工知能(AI)の教授セバスチャン・スランは
テクノロジーは「中程度のスキルを持つ人」の雇用を奪う。「マックジョブ」と「高スキルの仕事」は生き残る
スキルと賃金の関係が、最近になってU字曲線を描き始めたという。
つまりここ10年間、需要が最も落ち込んでいるのは、スキル分布の中間層なのである。
x.gd/fgTTBH
キャリアのスタートラインにすら立てなくなるかも...AIが搔き立てるホワイトカラーの雇用不安
<アメリカでは失業者の4人に1人が知識労働者という調査結果が...
AIなどの発展により、
www.newsweekjapan.jp/stories/technology/2023/03/chatgptai3.php
10年後に消える全職業・仕事を和訳(日本語訳)|オズボーン著「雇用の未来」
2014年、オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授が発表した論文
robo-school.net/future-of-employment-wayaku/
oms-www.files.svdcdn.com/production/downloads/academic/The_Future_of_Employment.pdf
ホワイトカラー消滅: 私たちは働き方をどう変えるべきか (NHK出版新書 728): 冨山和彦: 本
amazon.co.jp/gp/product/4140887281
www.amazon.co.jp/gp/product/4023322636
ChatGPT開発に必要なGPUは3万基、日本の国策AI基盤は1千基。目前に迫る日本のAI敗戦
3万5千基程度使うと考えられている。
b.hatena.ne.jp/entry/s/wirelesswire.jp/2023/08/85203/#bbutton
475万円×1千基=47億5千万円
475万円×3万5千基=1662億5千万円
475万円×35万基=1兆6625億円
新たな統計によると、オーストリア系住民はウィーンの小学校で少数派になりつつある。
下のビデオはウィーンのもので、街がいかに急速に変化したかを示しています。
https://x.com/visegrad24/status/1913183457041072202
今世紀半ばまでに
といっても寝る前にMeditopiaってアプリで適当に10~20分やるくらいだけどね。
中高生くらいまでは小さいころは自分が気に入らないことがあると衝動的に怒りや不機嫌を口にしてしまうやべー奴だったんだけど、
怒りの感情とそれを口に出す間にワンクッション置けるようになってそれで友達を失うことはなくなった。
今も昔もムカつくことはムカつくし、過去の恨みや嫌な思い出は消えないし、自分や他人を許すとか愛する的なことはない。
・一番のメリットは、自分は話題ががあちこち飛ぶ人間だと気づけたこと。
社会人なりたてだったということもあって、早めに軌道修正できて良かった。
・とにかく私の場合は、自分が話す言葉に注意を向けられるようになった、というのが瞑想の一番わかりやすい効果だった。
なんというか、無意識に物心がついたみたいなそんな感じ。劇的な変化と言えるのはそれくらい。
・今も集中力ないときとか、イライラするときとか、瞑想するんだけど、そういうのにあんまり効果があるとは思えない。
でも、瞑想続けてればもっといいことあるかも、、、みたいな期待感でなんとなく10年続いてる。
期待感だけで10年続くってことは、脳みそ的には快寄りの習慣なんだと思う。
あるいは瞑想を続けてなければもっと悪い状況になってるとかね。
・たぶん最初の1~2回が一番変化を感じられると思うので、試しにやってみてもいいと思うよ。
ちなみにMeditopiaはゆるふわスピ系寄りの瞑想なのでおすすめしない。
自分は「スタンフォードの自分を変える教室」で瞑想を知ったので、そこに載ってるやり方がおすすめ。